とりあえず、『Schwarze wolf』のグッズは全部寝室にあるから大丈夫。
脱ぎ散らかした服も洗濯カゴに放り込んだ。
「まあ、こんなもんかな」
……と一息ついたタイミングで、玄関のチャイムが鳴った。
翔くん、買い物するの早すぎ!
「お邪魔します」
彼の両手には大きなビニール袋がふたつもあった。こんなにたくさん買い込んで、一体どんな料理を作るつもりなんだろう。
「どうせ冷蔵庫の中身が空っぽだろうと思って、ほかにも食べ物を買ってきました。レトルトなどもありますから、調理が面倒くさい日でも大丈夫ですよ」
私は翔くんのこういうマメな性格、本当にありがたいと思う。
先ほどまでの部屋の惨状を思えば分かる通り、私は大雑把なところがある。彼みたいな気遣い精神は見習わなければいけないなぁと常々感じているんだ。
そんな翔くんだからこそ、仕事でも丁寧な所作で素敵なヘアセットをしてくれる。
それを気に入って、私はヘアメイクをお願いする時は絶対に翔くんのところでお願いすることにしているの。
「簡単なものを作りますから、そこで休んでいてください」
「何もしないの悪いし、私も手伝うよ!」
「病人はゆっくりしていてください。本当に簡単なものですから」
優しい笑顔なのに有無を言わさない翔くんに諭されて、私はおとなしくソファに座る。
彼との出会いは友だちの紹介だった。
まだ美容師の見習いだった翔くんの練習台になってくれないかと言われたの。
そんな些細なきっかけだったのに、共通の友だちも交えて一緒に遊ぶようになるなんて、なんだか不思議な縁だなと思う。
そういえば、彼がこの家に一人で来たのって初めてかもしれない……。
男の人を家にあげているのに、私ったらノーメイクでテキトーな服を着た状態じゃない。本当に今更なんだけど、急に恥ずかしくなってきた。
そっと着替えてこようかなと立ち上がったところに、ちょうど翔くんが料理を持って現れた。
「今度はどこに行くんですか? その前に、まずはこれを食べましょう?」
そこには野菜たっぷりのポトフと、カットされたりんごが用意されていた。もちろんうさぎさんにカットしてある。さすが仕事が丁寧な翔くん!
「あんな短時間でポトフって作れるの?」
「電子レンジを使った簡単なものです。もし気に入ったら、レシピを教えてあげますね」
具材はどれも柔らかいし、とても優しい味がして、本当に風邪を引いている時に食べたら感涙していたかもしれない。
「本当に美味しいよ。翔くんはやっぱり料理上手だなぁ」
「それは良かった。まだ本調子ではないんですから、ゆっくり落ち着いて食べてください」
私の食べっぷりが気に入ったのか、翔くんはにっこり笑いながら私の様子を見ている。
「そ、そんなに食べてるところ見ないでよ。今日メイクしてないから恥ずかしいんだって」
「え! 遥さん、今日ノーメイクだったんですか?」
翔くん、それは鈍感すぎるというものでしょ!
「すごく綺麗だったから、その、気付きませんでした。すみません」
「え、あ、いや、こっちこそごめん」
彼は急に照れたような顔をしてそっぽを向いた。
しかし、今の私のほうが真っ赤な顔をしているんじゃないだろうか。
翔くんから綺麗だなんて言われたの、初めてだったから……。
「あまり長居しても悪いですから、そろそろ帰りますね」
私が食事を終えたところで、翔くんが腰をあげた。時間も遅くなってしまうし、引き止めるのも悪いと思ったので、私も玄関まで見送る。
「今日は本当にありがとう。とっても美味しかったよ」
「また仕事が落ち着いたら、前みたいにみんなで集まって遊びましょう」
「うん! それは楽しみだ!」
「それまでに、部屋をちゃんと掃除しておいてくださいね?」
そう言って翔くんは帰っていった。
うーん。
自分なりに上手に片付けたと思っていたんだけど、やっぱり家事上手な翔くんの目は誤魔化せなかったのかなぁ。
……なんて考えながらキッチンに向かうと、そこに黒い布切れが落ちていた。
それは、私が片付け損ねていた、仕事用のド派手なブラジャーだった。
よりにもよって、なんてものをキッチンに落としていたんだ……。
もう、私のバカ!
つづく。